シングルマザーもシングルファーザーも、独身なのだから好きな人ができても不思議はない。
だが世間の目はそう温かくはないようだ。
6年前、当時4歳の娘を残して妻は旅立った。病気が発覚してから2カ月、あまりにめまぐるしくすべてが過ぎていき、タカアキさん(40歳)は、なかなか振り返ることもできなかったという。
「同い年の妻とは28歳のときに結婚しました。勤務先が近かったので偶然、出会って、それから何度も見かけるようになり、僕から話しかけて交際に発展したんです。大好きでした。今でも大好きです。明るくて穏やかで常に前向きな女性だった。娘ができてからも共働きでした。本来ならこの年齢になったとき、自分の家を持つ予定だった……」
妻の突然の死から、彼はなかなか立ち直ることができなかった。それでも娘を育てなければいけない。仕事も忙しかった。上司はもう少し時間的に余裕のある部署にいきたいならそうしてもいいと言ってくれたが、彼はむしろ忙しくしていたかった。
「妻の実家が近かったので、義母がよく子どもの面倒を見てくれました。保育園にお迎えに行って、そのまま義父母に囲まれて夕食を取ることが多かった。それでも必ず家でふたりで寝ました。娘は起きているときは何も言わなかったけど、眠ると『ママ』とつぶやいたり涙を流したりしている。それが不憫でね」
娘が5歳になったとき、ママはお空で見守ってくれていることを伝えた。会えなくても目をつぶれば、パパにはママが見えるよとも言った。ふたりで頑張って生きていこうと娘を抱きしめると、娘は初めて大泣きしたという。
「小学校の入学式はもちろん、さまざまな行事になるべく出ました。義父母は何も言わず、ただ協力してくれた。ありがたかったです」
そして1年ほど前、タカアキさんの目の前に新たな恋があった。
好きになってはいけないのか……
昨年夏、職場の先輩が別荘に招待してくれた。先輩の父親が遺したもので、同僚や後輩を呼んでバーベキューでもしようということだった。
「娘も連れてきていいといわれて、喜んで行きました。そこにいたのが先輩の妹のモモコさん。『うちは4人もきょうだいがいるんだよ、彼女はいちばん末っ子』だそうで、36歳。結婚しないで仕事をしているそうです。娘が妙に懐きました。というのも彼女、亡くなった妻にどこか似ていたんです。娘もそう思ったのかもしれません」
話してみると、おっとりしてはいたが鋭い視点も持っていて、何よりユーモアがあった。娘はすっかり彼女のファンになったらしい。
「帰ってきてからも、あのおねえさんに会いたいと娘が言うんです。連絡をとってみると彼女は『いいですよ』と遊びに来てくれました。その様子を見て、僕は彼女に惹かれていく自分を感じていた。同時に、妻に申し訳ないとも思った。あんなに好きだった妻のことを少しずつ忘れていく自分が許せなかった」
それでも生きていて会える人のほうが優先されていく。ふたりはときどき食事に行くようになった。娘に過度な期待を抱かせてはいけない。まずは大人同士で知り合うほうが先だと思ったのだ。
ただ、彼女は月に1、2回、娘の勉強を見てくれるようになりました。かつて経験があるというので、家庭教師として来てもらうことにしたんです。娘にもそう言っておきました。そうすればもし僕と彼女がうまくいかなくなっても、娘と彼女の縁は切れないかもしれないから。大人の習性として、逃げ場を作ったのかもしれませんが」
今年になってから、義母が「モモコさんって誰?」と尋ねてきた。どうやら娘が家庭教師の話をしたらしい。タカアキさんがそう説明すると、義母は「タカアキさん、娘のこと、忘れないでいてあげてね」と悲しそうな声でつぶやいた。彼は胸に何かがグサッと刺さるような気持ちになった。
娘を亡くした義母の気持ちはわかりすぎるくらいわかる。僕だって妻を忘れたくないし、忘れるつもりもない。でも僕は今を生きる人間でもある。妻には申し訳ないけど、僕はモモコさんを好きになっています」
モモコさんにも気持ちを伝えた。彼女はタカアキさんのことが好きだと言ってくれた。娘のことも大事に思っていると。だが、今のままの関係のほうがいいのか、関係を進めたほうがいいのか迷っていると正直に言った。もちろん、彼女の意志を優先させるしかない。その一方で、義父母に義理を欠いているようで気が重い。
「僕はモモコさんの気持ちを大事にしながら待つしかありません。万が一、僕たちの関係が進まなくても、許されるなら娘の家庭教師は続けてもらいたい。いや、本音を言えば、僕は彼女と一緒になりたい。娘と3人で新たに家庭を作りたい。妻はひとりっ子だったから、義父母のめんどうは僕が見ることになるのかなあ。嫌というわけではないけど、そこまでしなければいけないのか、僕自身、地方に両親がいますからね。ひとりで4人の高齢者を抱えるのはむずかしい」
義父母が何も要求せずに黙って協力してきてくれただけに、裏切りたくはない。さまざまな思いに心が乱れていると彼はため息をついた。
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